農民を語る

1日本@名無史さん2011-01-09 15:20:03

農民を語ろう。

2日本@名無史さん2011-01-09 15:36:21

農民にも蔭姓があったって本当?

4日本@名無史さん2011-01-09 23:54:46

地区によって違う>>2

5日本@名無史さん2011-01-10 02:49:39

結婚で姓は減って行くのだが。

江戸時代母方の姓をどうやったら伝えられるの。

6日本@名無史さん2011-01-10 03:02:03

>>4 マジか。詳しく教えて下さい

>>5 書物じゃないんですかね?

18日本@名無史さん2011-01-11 07:31:46

庶民に名字があったのを「発見」したのが洞富雄の1951年の論文というのが

またあやしい。

hhttp://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1119614471

庶民の名字説の嚆矢となったのが昭和26年(1951)の洞富雄の発見

明治に生きた学者が庶民に実質的に「名字があった」と誤解するわけがない。

彼らは庶民がまったく名字が必要ない世界で生きていることを熟知していたはず。

28日本@名無史さん2011-01-13 00:12:35

なんで、全く関係ない韓国を持ち出すw

29日本@名無史さん2011-01-13 00:30:05

>>28

名前つながりで言えば、江戸時代の女性の庶民の名前は「りう」だの「かめ」だのだったのに

のに明治に入ってしばらくすると皇室を真似て「〇子」なんて付けるようになる。

それで馬鹿な連中は「〇子」が昔から庶民の女性の名前だったと思い込んでいる。

30日本@名無史さん2011-01-13 00:56:46

馬鹿なマスコミは、「○仁」が昔から皇族の男性の名前だったと思い込んでいるけどな。

いずれにせよ、>>29はどこがどう>>28へのレスなのかわからないし、

何でこんな所でまで、韓国について語らなくちゃ気がすまない人がいるのかもわからない。

32日本@名無史さん2011-01-13 01:11:47

>>30

悔しかったら曽祖父母の名前言ってみろよ。生活に必要もない名字なんてすぐわすれるよ。

37日本@名無史さん2011-01-13 08:37:25

なんで>>28に対して>>29みたいな、

>>30に対して>>32みたいな返答になるんだろう?

言ってることが、相手の発言に全く対応してないじゃん。

不思議。

41日本@名無史さん2011-01-13 21:12:21

俺のトコは、昔からこの地区に逃げ込んだコトが史実から明らかな亡命大名と

同じ名字だからな。多分その子孫だろ。

42日本@名無史さん2011-01-13 23:36:45

>>41

その大名の名を詐称しているって可能性も高いのでは?

44日本@名無史さん2011-01-14 22:00:25

>>42

田舎は狭いから、そんなモン詐称したら白い目で見られるだろ。

45日本@名無史さん2011-01-14 22:32:33

明治に農民が姓を許された時の安易なつけかたを思えば

実際は無関係だけどあやかってつけたというのは十分ありな気がする

51日本@名無史さん2011-01-15 16:41:41

>>45

没落士族の名を勝手に騙ったとか?

46日本@名無史さん2011-01-14 23:30:11

仮に伝承があったとして、網元の偉い人が魚の姓を付けても気にならない程度

のものだからな。ちなみに奇妙な魚の姓は昭和30年頃に無難な姓に改姓したら

しい。

49日本@名無史さん2011-01-15 08:21:15

ちなみに沖縄でも戦後結構本土風への改姓の例がある。

50日本@名無史さん2011-01-15 10:55:44

>>49

沖縄出身の「玉城」さんって子に

君の苗字は、本当は「たまぐすく」さんなんでしょ?、って聞いてみたら

「え??たまきですよ?」って言われた。

沖縄って行ったことないからよくわからんが、

どんなもんなんだろう?昔の読みなんて、忘れちゃってる人が多いのかな?

52日本@名無史さん2011-01-15 19:14:10

>>45

田舎の姻戚関係の強さを勘定に入れていない。

>>51

没落した人もいる。逆にかなり隆盛してたトコもある。それだけ。

68日本@名無史さん2011-03-25 06:41:13

名字の話はもういいから

どんな生活水準だったのか聞きたい、特に食生活

102日本@名無史さん2013-01-12 16:26:58

>>68

早島大祐氏著「足軽の誕生 室町時代の光と影 2012年」は、読むに値しますか?

72日本@名無史さん2011-03-26 14:30:02

江戸時代に入ると平均気温が低下して、かつ人口が増えるからな。

74日本@名無史さん2011-04-02 02:16:27

江戸の身分制より前は兼業が当たり前で、農民兼商人だったり

多様だったんじゃなかったか

75日本@名無史さん2011-04-02 03:08:46

>>74

江戸時代になってからも米と綿花とか野菜の栽培みたいな二毛作は普通。

当然作った商品作物を売る商人でもあった。

兼業とかそういう教科書的な話じゃなく。

因島の話とかも同じ。

生活していくために色んな事をしていた。

101日本@名無史さん2012-10-02 01:31:29

歴史好きのサークルなんかだとほとんどの人は武家出身って名乗るので、自分だけ農民と

言うとしゅんってなっちゃうね。

でも、江戸時代の農耕器具を見つけて小学校に寄付した話なんかは刀自慢より食いつきいい

印象。

105日本@名無史さん

北東北在住だが、こちらの農民の多くは、戦乱で負けて逃げて農民になった人が多い。

だから、明治維新前に姓を持っていたりする。

俺の家も床下から刀が発掘されたりと、なにやらあった気もするが、まあ気持ちは農民だな。

近所見ても蝦夷系の顔つきの人もいて(顔がやたら濃い)色々混じっている感じ。

106日本@名無史さん2013-09-14 07:05:29

>>105

北東北地方で戦乱難民というと、前9年役戦でですか?

逃げて農民になるというと、耕作する田畑はどうやって取得したのですか?

先住民から略奪したのですか?未開の山野を、細々と整地開墾したのですか?

107日本@名無史さん2013-09-22 12:19:16

>>106

寺社や貴族の荘園が受け皿になったんじゃなかろうか

彼らは膨大な寄進地を抱えて慢性的な人手不足だし

108日本@名無史さん2013-09-22 19:27:33

よく豪族らが合戦に負け、帰農して庄屋になったってあるけど、元手の金があったからですか?

116日本@名無史さん2013-09-30 22:38:39

>>106

前九年もある。戦国時代になり、各種の戦闘で負けて逃げ込んだ人もいる。

土地は、蝦夷の生活だと平地はあまり必要なくて、台地に蝦夷は住むから、棲み分けはできると思う。

一族郎党で開拓したと思うよ。

>>107

荘園なんてないなあw

>>108

親族や働き手が多いトコほど開拓できるからな。単純に労働力の違いだろ。

140日本@名無史さん2015-12-30 17:21:03

キッシンジャーの嫌みの本質なのよ。

日本のバックボーンの農村社会を破壊すればまた土人に戻ると

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